聖天山図をクリックすると
貴惣門から境内と国宝本殿の写真を見て戴けます           
 
     
     
   


斎藤実盛公銅像と小学唱歌「斎藤実盛」の石碑 
斎藤実盛公は武蔵国幡多羅群に本拠を
置いた武将で相模が本拠の源義朝に従い
ましたが、義朝の弟源義賢が上野国に
進出してからは地政に近い義賢の幕下と
なりました                   


源義朝の子源義平は勢力分散の危機を 
怖れ、義賢を急襲し滅ぼしてしまいました   

実盛公は再び源義朝に仕える事になりまし
たが、畠山重能の手を借りて義賢の実子の
駒王丸を信濃国中原氏に送り匿うことに
なります。中原氏の妻は駒王丸の乳母で
ありました                   

源家が滅びた後は平維盛に従った斎藤実
盛公は源頼朝が挙兵しても平氏に背くこと
をせず木曽義仲勢と加賀の国篠原の合戦
に臨むことになりました。           

自から 白髪白鬚を墨染めして老体と侮ら
れぬ為の化粧を施して出陣し、木曽義仲
の武将手塚光盛の手に罹り落命しました 

敵対した木曽義仲はかって実盛公が匿っ
た駒王丸でありました。           
 木曽義仲公は、かっての恩人の首を確か 
めて涙に咽びました             

尋常小学校唱歌「斉藤実盛」歌碑






源平時代の武将として信義を護った実盛
公に纏わる悲話に因み、文部省小学唱歌
  が大正年間に制定されました                       
「妻沼の合戦伝記額」 
利根川先陣の図


 対峙した南北朝の争いに新田義貞勢に
加担した斎藤実盛の子孫が足利義詮軍
との利根川の戦場を描いた奉納額を
  平成8年に復製されたものです              
田山花袋作「残雪」の記念碑と割烹千代桝 
残雪の家記念碑


田山花袋の小説でより有名な作品は
「田舎教師」「布団」なのでありましょう 
 妻沼聖山歓喜院を取り巻く花街があり
多くの遊女を囲う宿が賑わったとか 

  

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